昔話 ・6

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 ぐちぐちぐち……
 トーマスを隣にして、ユリアンは恨みがましい文句を呟き続けていた。
 馬の顔に殴られて(?)後方に吹き飛ばされてしまったユリアンだが、幸いにも怪我をすることはなかった。しかし、馬に負けてしまったということが、彼にとって相当なショックとなっているようだった。
「――だいたい、親父のマネするなんて反則じゃんか。もしあそこで止められてなかったら、オレはコイツにすごいアッパーをおみまいできてたんだぜ。ウソじゃないぞ、オレは本当に――」
「ああもう、ぐちぐちうるさい。少し静かにしてくれ」
 うんざりとした表情で、トーマスはユリアンの愚痴を中断させた。ユリアンは憮然として、口を尖らせている。
 トーマス=ベント――村で一番大きな牧場を持つベント家の跡取り息子である。
 何度も言うように、彼はユリアンの無二の親友である。それと同時に、兄のような存在でもあった。メッサーナの名族の家柄だというのに貴族ぶることもなく、子どもながらに読書家で、思慮深く、責任感が強い彼は、ユリアンと並んで村の子ども達のリーダーであった。
 直感だけで動こうとするユリアンと、綿密な計画の下、目的を達成することが得意なトーマスは、良くも悪くも息がぴったりと合い、いつの間にやらいいコンビとなってしまっていたのである。
 ちなみに、先に述べた、『自分の部屋を持っている子ども』はこのトーマスのことである。
 ユリアンとトーマス、そして小さな栗毛の馬は、特に会話をするでもなく、ただただ連れだって道を歩き続けていた。
「――で?」
 どのくらい進んだだろうか?頬を撫でていく風に気を取られていたユリアンに、突然トーマスが話しかけてきた。
「は?」
 いきなりのことで、あっけにとられてぽかんと口を開けているユリアンに、さらに追い討ちがかかる。
「それで、いったい何を悩んでたんだ?あんな風に悩むなんて、ユリアンらしくないじゃないか」
 思わず反論しようとしたユリアンだが、言葉を口にすることができずに、そのまま口を閉じてしまった。
 トーマスが微笑んでいたからだ。からかうわけでもなく、馬鹿にするでもなく、しょうがないなぁといった風に、年上の笑顔を向けられてしまったからだ。
 メガネの奥で、優しい瞳がユリアンを映し出していた。
(そんなの、反則だろ……)
 そっぽを向いてぽりぽりと頭を掻きながら、ユリアンはポツリポツリと、エレンからの相談事をトーマスに打ち明け始めたのである。
 ――説明することが苦手なユリアンは、あちこちに脱線しながらも、懸命に順序だててトーマスに事のあらましを語った。サラが泣いていたこと、それを家の外から覗いていたこと、そのせいでエレンに怒られたこと、エレンからの相談事……唯一つ、エレンが泣いていたことだけを除いて、ユリアンはトーマスに今日起こったことすべてを話した。
「…………………」
 ユリアンの説明を一通り聞いたあと、トーマスは指を顎のところにやり、じっと何かを考え込んだ。
 指が小刻みに震えている。それはそうだろう、原因が彼の祖父その人なのだから。
 そろそろ夕方も近い。
 長くなり始めた影法師を見つめながら、ユリアンは今か今かと、トーマスの言葉を待っていた。
 時間だけがすぎていく。
 馬の蹄鉄が、ぱかぱかとリズムよく音を刻んでいく。
 その音にあわせて足を踏み出してしまうくらいになって、ようやくトーマスが口を開いた。
「……ダメだ。そればっかりは僕にもどうしようもない」
 しかし、その答えに希望を見出すことはできなかった。
「そっ……か」
 ユリアンは、トーマスの言葉に内心がっかりとしながら、両手を頭の上に回した。
「すまないユリアン。お爺様に言っても、たぶん日程を変更してはくれないと思う。お爺様は、一度決めたことは必ずやる人だから……」
「いいさ、気にするなよ。大丈夫、他にもきっと手はあるさ」
 まったく根拠のない言葉だったが、ユリアンはこう言わないといけないような気がしたのだ。
 エレンの相談事は、はっきり言って、子どもがどうこう出来るようなレベルの問題ではなかった。しかし、泣いている女の子を目の前にして、それを突き放すようなマネはユリアンにはできなかった。だからこそ、ユリアンはエレンの相談事を受けたのであり、それを後悔するつもりなどさらさらなかった。
「ところでトーマス、さっきからずっと聞きたかったんだけど、なんでポレロを牧場から出してるんだ?」
 ユリアンは話を変えるために、トーマスが手綱を握っている、ユリアン曰く『当面のライバル』である馬のことに触れることにした。
 トーマスはまだ何か言いたそうだったが、ユリアンの気遣いが伝わったのか、それ以上エレンたちのことについて触れることはしなかった。
「だから、何回言ったらわかるんだ?こいつの名前は『アイアンナイト』だって。頼むからポレロなんて変な名前で呼ばないでくれよ」
「いいんだよ、こいつにはそんな名前もったいない。それに、サラがつけた名前だぞ、変な名前なんて言うなよ」
 ユリアンとトーマスの意見は、真っ向から割れてしまった。だが、この話はずっと前から言い続けてきたもので、いまさら解決できるような問題ではないことだ。それは、お互いに十分わかっていた。
「それで、ポレロをどこに連れてくんだ?」
「アイアンナイト!……カーソン農場さ。あっちの小麦畑を牧草地にするそうだから、僕のところの馬を移動させてるんだ」
「げ――……ってことは、今オレたち、エレンの家に向かってるってことなのか?」
 あんなことがあった直後だ。ユリアンがそんな反応をするのも無理はない。このままトーマスについて行くのはよろしくないと判断したユリアンは、トーマスたちの前に出ると、くるりとターンして突然別れのあいさつを告げた。
「え――?お、おい、ユリアン!?」
「じゃあまたな、トム!明日は仕事がないんだろ?明日は直接、家に遊びに行くからな!」
 そうして、もうずいぶんと傾きかけた夕日に向かって、ユリアンは走り出した。
 それはいつもの、突風のようなユリアンらしくて、トーマスは思わず笑い出してしまった。
 だが、その笑い声もすぐに止まる。
 ズレ落ちるメガネをなおしながら、トーマスはこの場所からずっと先にある自分の家がある場所を、ずっとずっと睨み続けていた。

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