昔話 ・5

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 右足、左足、右足、左足……。
 どこをどうしたらそんな風になってしまうのか、先ほどのエレンの相談事を考えてながら歩いていたユリアンは、いつの間にか自分が、次に踏み出す足について考えてしまっていることに気がついた。
「ああーーー!!なにやってんだ!バカかオレは!!」
 道の真ん中で地団太を踏みながら、わしゃわしゃと若草色の髪を掻き毟る。
 勝気で男勝りのエレンが初めて見せた涙。その涙を見て、不覚にもユリアンは、エレンのことを可愛いと思ってしまったのだ。
 もとからユリアンは、エレンに好意を持っていた。だがそれは、好きだとかそういう感情ではなくて、幼なじみとして兄弟のように過ごしてきた感情だった。
 エレンは昔から男っぽくて、腕相撲や力比べでもユリアンはエレンに勝つことができなかった。殴り合いのケンカなんかしょっちゅうだったし、お風呂にだって一緒に入ったこともある。
「……ッくそ!反則だ、あんなの」
 だがそれでも、あのときのエレンを、泣きながら何もできない自分を呪い続ける悲しい少女を、いとおしいと、守りたいと思ってしまったのだ。
 それなのに自分ときたらどうだ。人の不幸を覗き見るようなマネをして、あまつさえその痛みからも逃げようとしていたのだ。自分自身を殴り飛ばしたい気持ちを抱えながら、ユリアンは髪を掻き毟り続けた。
 ……と、その時だった。
「あ、やめろ!アイアンナイト!!」
 後ろから慌てた声が聞こえたと思ったら、突然髪の毛を思いっきり引っ張られたのだ。
「だあああーーー!?イッテーーーーー!!!」
 今日はよく引っ張られる日である。ユリアンの髪を掴んだソイツは、ユリアンの体が宙に浮くほどの強い力でユリアンの髪を引っ張り続けた。
「イテェじゃねぇか!はなせコラ!!はなせ!!髪が抜ける!!!」
「やめろって言ってるだろ!聞こえないのか!アイアンナイト!」
 二つの声が同時に重なる。しかし、ユリアンにはそんなことを考えている余裕など、これっぽっちもありはしなかった。
(髪を引っこ抜かれたら、親父みたいになっちゃうじゃないか!)
 正直、髪を引っ張られる痛さよりも、髪を引っこ抜かれるかもしれないという恐怖が勝っていた。
 最近、髪の毛が薄くなってきたと嘆いている父親を見て、ああはなるまいと決心したのはいつのことだったか……。
 やっとの思いでソイツの魔手から抜け出せたユリアンは、少し間合いを置いて、身構えながら振り返った。
「トム!それに、ポレロ!?」
「アイアンナイト!」
 ユリアンの視界に飛び込んできたのは、彼の無二の親友であるこの村一番の有力者の息子、トーマス=ベントと、一匹の小さな馬であった。
「お、お、お、お、お――」
 馬は呆然と立ちすくむユリアンを気にすることもなく、先ほど咥えていた若草色の髪の毛を、さもうまそうに食んでいた。つまり、ユリアンの髪の毛を引っ張っていたのはこの馬で、掴んでいたのは魔手ではなく魔口だったというわけだ。
「ユリアン、少し抑えて――」
「おまえ!!人の髪をそこら辺の草といっしょにするなーーー!!!」
 ほとんど半泣き状態で、ユリアンは悠然と自分の髪を咀嚼し続ける馬に食って掛かった。
 しかし、小さな子どもの突撃に、馬が怯むはずもない。
「うわっ!?きったね!!コイツ、鼻水つけやがった!?」
 べっちょりと服にくっついた粘着質の物体を、ユリアンは慌てて払い落とした。粘着質は手にもくっついて、ユリアンの戦意を喪失させる。
「おい、少し落ち着け、ゆりあ――」
 ヒヒヒヒーンと、勝ち誇ったように小さく馬がいなないた。
 ぶちん。それでユリアンの理性は吹っ飛んだ。横で何かが喚いているが、そんなものは眼中にない。
「テメェ!!ゼッタイ泣かす!!!」
 勝ち目の薄い戦いに挑むユリアン。見下ろすようにして迎え撃つ馬。果たして、この勝負、どちらに勝利の女神は微笑むのか――!
「静かにしないか!大バカモノ!!!」
 ――と、勝負の火蓋が切って落とされる前に、凄まじい雷がユリアンに落とされた。
 思わず条件反射で硬直してしまったユリアンに対して、馬は自分の顔を縦に振り、顎をぶつけて目の前のユリアンを弾き飛ばしたのだ。
 意外に強い力に、ユリアンの体は宙を舞い、後方へと吹き飛ばされてしまっていた。

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