昔話 ・1

| | Top

 それは、とある開拓者の村の、本当にどこにでもあるような話だ。
 その村には、少ないながらも人々が暮らしていた。森を切り開き、土地を耕しながら、開拓を生業として営みを続けていた。
 幾年月、その村の人々さえ忘れてしまうほどに長い年月をかけて、人々は土地を開墾していった。ほんの一握りの麦の種を手に、徐々に徐々に、小さな畑をより大きな畑へと変えていった。
 麦と、そして時折掘り出されるわずかな金をもとにして、羊や牛も手に入れた。
 豊作の年は村中で喜び、不作の年は村中で涙した。
 人々は森と自然、それらを相手にして、時に笑い、時に泣きながら、自分たちの村をよりよいものにしていった。
 その村は、世界だった。
 生まれ、成長し、死んでいく・・・人々はそれを疑問とも思わず、大抵のものが自分の村から出ることもなく、ただただ、自分のやるべきことを――村の一員としてすべきことを、自らの営みとしてきた。
 他に世界があることも知らず、他に違う生き方があることも知らず、人々は開拓者としてのみ生きてきた。
 それが本当に幸せであるのかはわからない。
 だが、それでも、その村の人々は、愛し、愛され、自らの生き方を誇りを持って、幸せに生きてきたのだ。

 これは、そんな開拓者の村の、目新しいことなど何もない、本当にどこにでもあるような話である。



 開拓者の村に一人の少年がいた。名はユリアン=ノール。
 彼はどこにでもあるような村の、どこにでもいるような少年だった。
 とても活発で、明るく、彼には何人もの友人がいた。……とはいっても小さな村だ、村中が顔見知りの上、子どもも数えるほどしかいない。友達がいないと言う方が、よほどに問題であろう。
 とにかく、彼はとても元気な少年だった。ことに遊ぶ事にかけては、他の誰にも負けなかった。村中のありとあらゆる場所が、彼の遊び場だった。
 自分の背よりも高い麦畑の中、家畜が放牧されている牧場、近くの森、村は彼にとって決して飽きることのない遊び場だった。
 それから、彼は子ども達のリーダーのような存在だった。外を歩いていれば、彼を慕ってすぐに他の子どもが集まってきた。子ども達を引き連れて、彼は様々な遊びをした。村中を探検したり、近くの森にいるはずのないドラゴンを退治しに行ったり、お嫁さんごっこをしたりもした。彼はいつでも子ども達の中心だった。
 彼はあるときは探検隊の隊長で、あるときは勇敢な勇者で、またあるときはいい旦那さんだった。
 この日も、彼は特に仲のよい友人であるエレン=カーソンと、彼女の妹であるサラを誘いに彼女たちの家に向かっていた。
「さってと……今日は何して遊ぼうかな〜」
 道端で拾った棒切れを振り回しながら、上機嫌でユリアンは呟いた。
 時間は午前八時。朝が早いこの村では、子どもが遊びに行くのに十分な時間である。
「昨日は牧場で遊んだからな〜。今日は、どこに行こう?森かなぁ……湖って手もあるし、あ!トーマスん家を探検っていうのもいい!」
 新しい考えが思い浮かぶたびにうれしくなって、手に持った棒切れが余計にぶんぶんと振るわれる。
 気分は、今、『魔王をやっつける聖王の気分』なのだ。
 ユリアンは少し音程のずれた鼻歌を歌いながら、意気揚々と、舗装のされていないあぜ道を進んでいく。
 こうして見るとユリアンは、いつも朝から晩まで遊びまわっているように見えるかもしれない。しかし、それは大きな誤解である。ただでさえ労働力の少ないこの村では、子どもであろうと貴重な働き手だ。ましてやこんな元気な子どもである。もっと貧しい村であれば、人買いに売リ渡されてしまうことだってあり得るのだ。
 今のは極端な例だが、どちらかといえばユリアンの両親――特に父親は、ユリアンを働かせることを奨励している節がある。まぁ、それには『人間は働かなければ生きてはいけないのだから、例え子どもであろうと労働の価値を知っておかないといけない』という子どもの成長を思っての考えがあるからなのだが、そのような話は置いておくことにしよう。
 そんな両親に育てられているユリアンが、こうして朝から遊びにいけるのには、もっときちんとした理由があるからなのである。
 別に両親がユリアンを甘やかしているというわけではないのだ。
 ユリアンの家は、開拓の成果として小さな畑を所有していた。だが、そこから取れる作物では家族三人が食いつないでいくだけでもやっとという有様だった。
 もともとあまり欲のない、質素倹約な生活を過ごしていたユリアンの両親だけであれば、それも耐えられたであろう。しかし、現在のノール家にはユリアンと言う食べ盛りの子どもがいる。両親は、彼には少しくらいはいい暮らしをさせてやりたいと考え、村で2番目に大きな農場を持つカーソン家から農場の一角を安く借り受け、自作と小作の両方を生活の糧とする暮らしを選んだ。
 よって仕事量も格段に増え、ユリアンに任せられる仕事も増えていってしまうというパラドックスも生まれてしまうわけなのだが、そこは先に述べたようにユリアン自身の成長の一環として、仕事の手伝いをさせているのである。
 ところで、ユリアンの両親が土地を借りているカーソン家。この家は、ユリアンが今向かっている、エレンとサラの家のことである。ということは、ユリアンとエレンたちは大雑把に言えば、小作人と地主の関係にあたることになる。だが、子どもであるユリアンやエレンたちにとっては、そういった大人の事情はまったく関係のない話である。
 それに、付け加えておかねばならないのは、もともとユリアンの父とエレンの父は昔からの友人であるということだ。だからこそ、安く土地を借りることができるであって、そういった『大人の事情』が彼らに当てはまるのかどうかというのは定かではない。
 ……話を戻そう。ユリアンに任される仕事は、薪割りや水汲み、畑仕事など、力仕事が主だった。十歳の子どもにそれはあんまりだと思うかもしれないが、鉄は熱いうちに打てとも言う。それにユリアン自身、それを苦とも思っておらず、そのくらいの仕事であれば朝飯前であった。
 それから、子どものユリアンでも、働かなければ生きていけないということはわかっていたのだろう。遊べないことに文句を言うことはあっても、決して仕事をサボることなどはしなかった。
 だが、この年、カーソン農場は農場の三分の一を、休閑のためにしばらく牧草地として利用することとなった。その三分の一の中に、ユリアンの父親が借り受けている耕地があり、家畜を移動させる二・三日の間は仕事に来なくてもいいという連絡があったのだ。
 たった二・三日のことだ。蓄えも多少なりあることだし、ユリアンにもたまには休みをあげることにしようという成り行きで、ユリアンの両親はカーソン家の申し出を受けたのである。
 これがユリアンが朝から晩まで遊んでいられる理由であるのだが、それこそユリアンが知る由もない大人の事情であろう。
 ユリアンにその話がされたのは一昨日のことで、昨日は誰に遠慮することもなく、思いっきりエレンやサラ、それに彼の無二の親友であるトーマスと遊びまわった。そうして、明日もみんなで遊びに行こうと約束をして、楽しい一日は終わったのだ。
「よし!決めた!今日は湖に行こう!!」
 ひときわ大きく棒切れを振り下ろすと、ユリアンは今日という大切な一日の始めるべく、元気よく駆け出していったのである。
| | Top


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送