バースディ ・7
「ふ〜……疲れた〜」
ユリアンは、いつもの丘の大きな木のところまで来ると、木に寄りかかって座り込んだ。
赤い水玉模様の服はきちんと着替え、小麦粉で塗りたくった白い化粧は水で洗い落とした。
もう、ユリアンは曲芸ピエロではなく、いつものユリアンに戻ってしまっている。
「ふ〜……」
ユリアンはもう一度大きな溜息をついた。終わったという、達成感、充足感が、今のユリアンにあるものだった。
「そうだな……サラも喜んでくれたからな」
ユリアンの目には、カーテンコールが終わったあとの、サラのうれしそうな笑顔が焼きついている。
今日は、本当に大成功だった。詩人はショーが終わったあと、グレイト・フェイク・ショーは世界中の変わった生き物を見せるところだと言ってきたのだけれど、そんなことは今の彼には関係ないことだった。
サラは喜んでくれた。それでいいじゃないか。最高の誕生日にしてあげられたんだ。それでいいじゃないか。
今頃、サラはエレンといっしょに、家に帰ってケーキを食べていることだろう。
生クリームをほっぺたにいっぱいくっつけながら、ケーキを頬張るサラの姿を想像して、ユリアンは一人楽しげに笑っていた。
夕陽が沈む。
世界中を真っ赤に染め上げて、オレンジ色の太陽が地平線に沈んでいく。
その様子を、ユリアンは満足しながら眺めていた。
「それにしても……」
突然、後ろから声が聞こえて、ユリアンは慌てて振り返った。
「あなたは変わった人ですね」
ポロロロロン……と、フィドルを爪弾きながら、いつもの調子で詩人が立っていた。
「なにが変わってるって?」
ユリアンは詩人に聞き返した。
「自分とは何の関係もない人のために、そこまでする理由が、私にはわからないので」
「何言ってるんだよ。サラは昔からの幼なじみだよ。だから――」
「本当にそれだけですか?」
凛としたその声は、今までのどんな声よりも、ユリアンの胸に突き刺さった。
「本当に……って?」
ユリアンは言葉に詰まった。そう言えば、なぜ自分は、サラにあそこまで優しくすることができたんだろう?
「わからなければそれで構いません。私はただ疑問に思っただけですので」
そう言って、詩人は踵を返した。
ポロン……最後に一回だけ、詩人はフィドルを爪弾くと、夕暮れの闇の中に溶け込むように消えてしまった。
ユリアンは、その場に呆然と立ち尽くした。
そうして、彼は思い当たった。
記憶を頼りに、木の幹を探っていく。
あった……指先に、こつんと何かが当たる感触。
それは、木の幹にできた小さなうろの中に、忘れ去られたようにしまいこまれた、思い出の品。
ああ、そうだ。オレは、サラを妹のように思っていたから、あんなにサラを大事に思うことができたんだ。
手の中の小さな木の人形を握り締めながら、彼は夜空に向かって、ありがとうと呟いていた。