空の向こうに伝える言葉

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 昔、オレはサラが大嫌いだった。
 なぜかはわからない。
 そのときのことを覚えてないし、思い出したくもないからかもしれない。
 だけど、オレはサラが嫌いだった。


 サラは、いつもいつもエレンの後ろにくっついて歩いてきた。
 オレはエレンだけと遊びたかったのに、エレンはサラと一緒じゃないと遊ばないと言ってきた。
 すごく腹が立った。
 何に対して腹を立てるなんてわからない。
 とにかく、腹が立ったんだ。
 それで、その矛先はみんなサラに向かっていった。
 エレンがいないとき、オレはとことんサラをいじめた。
 殴るのなんて当たり前で、石もぶつけたし、蹴り倒したりもした。
 ガキの力でそんなことやっても、たかがしれてる。
 だけど、オレはそうせずにはいられなかった。
 どうしても、サラを泣かせてやりたかった。
 でもさ、泣かないんだ。なにやっても、サラは泣かないんだ。
 叩いても蹴っても、次の瞬間にはケロッとしてるんだ。
 それがまた腹立つから、オレはどんどんエスカレートしていった。
 サラが二歳になったときだ。
 オレはサラの誕生日会をメチャクチャにしてやった。
 ケーキをひっくり返して、プレゼントも足で踏み潰して。
 とにかく、メチャクチャにしてやったんだ。
 もちろん、あとでエレンや親父に、ボコボコになぐられたけど、それでもそのときはすっきりしていた。
 それで、オレはいつものあの場所で、空を見ながら寝転がってた。
 殴られたところが、メチャクチャ痛かった。
 で、無理矢理眠ろうとしてたら、足音が聞こえたんだ。
 か細い足音だ。
 オレは飛び起きて、そいつを視界に入れた。
 そこにいたのは、サラだった。
 そのときは、恨み言でも言いに来たのかと思った。
 私のケーキを返してとか、プレゼントを返してとか、そんなことを言うと思ってた。
 ……むしろそう言ってくれたほうがよかった。
 そうしたら、オレはどこまでも悪役になれるんだから。
 だけどさ、サラはオレの前に手を差し出して、こう言ったんだ。

「ゆりあん、ぷれぜんと、ありあと」

 オレが手を差し出したら、サラはオレの手の中に、何か小さなものを握らせた。
 それ、何だったと思う?
 人形さ。
 オレが昔、妹のために作ってやった、木彫りの人形。
 オレが昔、サラに呪いをかけて投げつけた、木彫りの人形。
 サラさ……それを、ありがとうなんて言ったんだ。
 すごく大事そうに手に包んで……何年も前の、小汚いボロ人形を、オレからのプレゼントだって言って持ってたんだ。
 オレが、今までサラを憎んできたのが何だったんだってくらい、サラはオレを慕ってたんだ。

 オレさ、そのあと、サラを思いっきり抱きしめてたんだ。
 そしたらさ、泣くんだよ。サラが。
 今まで何したって泣かなかったサラがさ、もうわんわん泣くんだ。
 オレもつられて泣いちまって……ほんと、馬鹿みたいだった。
 オレとサラは、そのあとその木彫りの人形を、木の幹にあった小さなうろに入れたんだ。
 天国にいる妹に届きますように……って、そんなこといった気がする。
 そのときから、サラはオレに懐くようになって、オレはサラがそこまで嫌いじゃなくなったんだ。



「覚えてるよ、人形を、木のうろの中に入れたんだよな」
 オレは、うつむきながらそう言った。
 サラと目が合わせられなかった。
「うん!」
 サラは、ほんとにうれしそうに微笑んでいた。
 それからオレたちは、昔のことをずっと話した。
 トーマスの家に勝手に秘密基地作ったこととか、湖で泳いだこととか、初めて馬に乗ったこととか……覚えている限りのことを話したんだ。
 いつまでもそうしていたかった。
 サラとなら、いつまでもそうしていられる気がした。
 だけど、昔のことは限られてる。
 何もかも覚えていたとしても、いつか終わるときが来る。
 やっぱりそうなって、オレとサラから会話がなくなった。
 俺たちは手をつないだまま、ずっとそのまま。
 世界が赤くなってきても、俺たちはずっとそうしていた。
「なぁ、サラ」
 今度はオレからサラに言った。
「ん」
 サラは短く返事をした。
「昔さ、サラの誕生日に、オレ、ピエロの格好してたの覚えてるか?」
 今度は、きちんと、サラの瞳を見ていった。
「もちろん、覚えてるよ」
 サラもオレの瞳を見てそう言った。
「それ、自分の妹のためにそうしてたんだって言ったら、サラ、怒るか?」
 オレは、サラに初めて、この質問をした。
 サラは、答えなかった。
 サラはつないでたオレの手を離して、ゆっくりと立ち上がった。
「私、ね」
 サラは目を伏せてとつとつと語りだした。
「あの時、すごく楽しみにしてた見世物小屋にいけなくて、本当に悲しかったんだ」
 それは、どこか夢を見ているような言い方だった。
「ずっと前からの約束なのに、それを破られて、おとうさんもおかあさんも、二人とも大ッ嫌いになって、目に映るものみんな嫌いになって……ずっと部屋の中で枕を抱いて」
 サラはゆっくりと丘の方に向かって歩いていく。
 悲しい瞳。夕焼け色に染まった瞳。でも、それは過去のものだ。サラは、オレみたいに過去にとらわれたりしない。
「私ね、本当に、うれしかったんだよ」
 サラがこっちを振り返ると、ふわりとサラの服が舞った。それは、とてもいとおしい、最高の笑顔だった。
 だけど、オレはそこで目をつぶった。
 オレは、サラのためにやったんじゃない。
 オレ自身が侵した罪を償うために、あのときオレはああしたんだ。
 オレは、サラに感謝なんかされちゃいけないんだ。
 だから、オレは目をつぶった。
 サラの笑顔は、オレにはもったいなさすぎる。
 一呼吸、短い沈黙があったあと、オレの耳にサラの優しい声が響いてきた。
「私、生まれてこれたことを感謝してる」
 どこまでも、どこまでも、オレの心にサラの声は響き渡る。

「ありがとう……おにいちゃん」

 ざあぁぁぁぁ……
 起き上がって目を開いたとき、オレの前からサラの姿は消えていた。
 あとに残ったのは、消えることのない風の音と、消すことのできない優しい声。
 夕暮れの丘を、風が駆ける。
 昔から変わることのない、真っ赤に染まった丘の風景。
 遠くで、夕刻を知らせる鐘の音。
 オレは吹き抜ける風の中、ひとり膝を抱えて、にじんだ夕日を眺めていた。
「ああ……いい風だ」
 はためく髪を気にせずに、空を仰ぐ。
 この空の向こうで待つ大切な人のために、オレは思いを届けよう。
 風に乗せ、ずっとずっと先へ。
 生きている限り、この思いを忘れることなく。



 にいちゃんは、おまえがだいすきだよ。




Presented by Aoi Shimotuki sama ..Thanx!!




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う・・・うわぁぁ超大作!!あ、ありがとうございました・・・ッ!!(感激)
葵さんとの誕生日プレゼント交換企画で、私はタチアナを献上し、そのお返しにこんなに素敵な小説を頂きましたっ。
リクエストしたお題は「シノンの4人組・子供時代」。
えーと、ここだけの話、サラとユリアン(幼)のやりとりに泣きそうになりつつ一気に読みました…
木彫りの人形の部分で目頭がジーンと(マジ話ですよ)。
葵さんの持つ、ロマサガ3に対する世界観が丁寧に描かれていて、葵さんワールドにひきこまれておりました。
やっぱり葵さんの書かれる小説、大好き…っ!!(告白?)
ていうか、何気にサラユリの組み合わせが好きなことがバッチリばれてますかと言いたくなるくらい、ツボを突かれたお話のような気も致しましたがどうでしょうか(笑)

アミエビでイシダイどころか鯨を見事に釣った気分です。
感謝感激。本当にありがとうございました<(_ _)>
そしてお互いに、お誕生日おめでとうございます(笑)

2004. こだま高兎
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