バースディ ・2

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 変な歌詠みの男の相手をした次の日の朝、ユリアンは遊びにいける時間になると、一目散にエレンの家に駆け出していった。
 変な男だけど、あいつなら村人じゃないし、グレイト・フェイク・ショーのことも知っている。あいつにサラを連れて行ってもらえばいいんだと、ユリアンはそのくらいに考えていた。
 だが、その考えは即座に却下された。
 そんな得体の知れない男に、サラを任せることなんてできない。それが、カーソン夫妻の意見だった。
 もっともな話だ。昨日今日村にやってきた男に、自分の大事な娘を任せるような親はほとんどいないだろう。
 ユリアンはがっくりと肩を落として、カーソン家を後にした。帰る前にサラに会おうと思ったのだが、今は誰にも会いたくないと言っていると言われ、部屋にも入れてもらえなかった。
 トボトボとトーマスの家に向かって歩き出すユリアンの後ろに、いつの間にかエレンがついてきていた。エレンとユリアンはお互いに何も言うこともなく、二人してトーマスの家に向かい始めた。
「ユリアン」
 トーマスの家がそろそろ見え始めるといった頃に、エレンがユリアンに初めて声を掛けた。
「ん?」
 エレンの方に振り向くユリアン。エレンは少しそっぽを向きながら、
「ありがと、サラのために」
 と、ぶっきらぼうに礼を言った。
「ああ」
 気にしてないよといった風に、ユリアンは肩をすくめて見せた。強がりだったのはいうまでもない。
 二人はさらに歩いていく。……と、トーマスの家が遠目で確認できるくらいになったとき、ユリアンたちは突然後ろから声を掛けられた。
「ユリアン、それにエレン」
「トム!どうしてここに?」
「何言ってるんだ。ユリアンが言ったんだろう?今日は真っ先に僕に家に来るって」
「じゃあ、外で待ってたの?」
「まさか、お爺様に言われて、使いに行ってきたんだよ。ギリギリまで待ってても来なかったから、急いで行って、急いで帰ってきたんだ」
「ヘン、あの強欲じじーめ!」
 ユリアンはトーマスの目の前で、老翁に対する嫌悪感をあらわにした。
 もともと、ユリアンはトーマスの祖父のことを毛嫌いしているから、あまり問題はないのだが……。
「それよりも、どうするんだい?サラの誕生日まで、あと六日しかないんだろう?」
 トーマスのその言葉で、ユリアンとエレンは黙りこくってしまった。
 確かに、期間は残り少ない。だが、自分達に何ができるのか……
「……って、あれ?トム、唇どうしたんだ?」
 そんなとき、ユリアンはトーマスの唇の端が切れているのに気がついた。唇の本当に端のほうだ。注意してみなければわからなかっただろう。
「あ、いや、これは――!」
 慌てて手で隠そうとするトーマス。しかし、その態度で二人は――特にエレンは――気づいてしまったのだ。
「トム……あなた、殴られたの?」
「……ん、まぁ」
「なんで?どうして殴られたの?」
 いつになくエレンは真剣だった。それはそうだろう。もしかしたら、自分のせいで殴られたのかもしれないのだ。エレンはトーマス詰め寄って問いただした。
「ち、違うよエレン、これは――」
「オレがトーマスに話したんだ」
 トーマスが驚いた瞳を向けたが、ユリアンは昨日、自分がトーマスにエレンの相談事を話してしまったことを白状した。
「じゃあ、やっぱり……」
 沈痛な面持ちで、エレンはトーマスの頬に手を触れる。トーマスは冷たい感触に、目を丸くして驚いていた。
「悪い、エレン。人の相談事を、勝手に話しちまって」
「ううん、いいよ。本当なら、トムにも話しておかなきゃいけなかったんだから」
 お互いに顔を見合わせずに、ユリアンとエレンは謝った。沈黙が辺りを支配する。重苦しい空気が、三人の肩にのしかかってきていた。
「あ、あのさ!」
 ひときわ大きい声を上げたのはトーマスだ。突然声を出したためか、裏声になってしまっている。
 何も言わずに、ユリアンとエレンはトーマスのほうを向いた。うっ……と言葉に詰まってしまうトーマス。元気が取り柄のこの二人にこんな顔をされてしまったら、誰だって怯んでしまうだろう。
「え、え〜っと、あの……」
 しかし、呼びかけたはいいが、話題となる事柄がない。冷や汗を掻きながら、トーマスは何か話題となることを探していた。
「あ、そ、そうだ!そうそう、今さ、酒場に吟遊詩人が来てるんだってさ!二人ともヒマなら、行ってみようよ!ただ悩んでるだけじゃ、何も解決しないよ!」
 さあさあほらと早口でまくし立てると、トーマスはユリアンとエレンの背中を押しながら、ゆっくりゆっくり酒場に向けて歩いていった。

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