バースディ ・1

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「全部、あたしが悪いんだ」
 涙ながらに、エレンはユリアンにそう語った。
 エレンがユリアンに語った相談ごととは、次のようなことだ。
 今日を数えて一週間後、サラは六歳の誕生日を迎える。サラの両親は、ことあるごとにサラの祝い事を計画していたが、特に誕生日については毎年どの家よりもすごいパーティを企画していた。
 ウエディングケーキ並みの、何段もあるようなケーキを作ることなどは当たり前で、他にはどこぞからマジシャンを連れてきて、サラだけのためのオンステージを開かせたり、何個もの風船を買ってきて膨らませたあと、それを巨大な箱に入れて、サラが箱を開けた途端に飛び出してくるといったものなど、様々な出し物でサラを喜ばせていた。
 そして、サラが六歳になる今年、この村から近いところにあるミュルスという町に、見世物小屋の一団がやってくることが決定した。
 その名も、『グレイト・フェイク・ショー』
 『死ぬ前に一度は見ておけ』が謳い文句の、今世界で一番人気のある、見世物小屋の一団のことである。
 料金はひとり十オーラムとリーズナブルな値段なのだが、この村の人間にはそうやすやすと手が出せるような金額ではない。だが、農場を経営しているカーソン一家ならば話は別だ。サラの両親は、見世物小屋の公演日がサラの誕生日と重なっていることを確認すると、前売りチケットを四枚購入した。しかも特等席だ。
 そう、そこまではよかった。
 だがサラの誕生日のちょうど一週間前に、突然『死食でなくなった者たちのための合同慰霊祭を、一週間後に行う』という知らせが飛び込んできたのだ。発案者はベント家の現在の当主、つまりトーマスの祖父である。
 これに驚いたのはサラの両親だ。確かに、今までも死食で子どもを亡くした人々が、個人個人で慰霊を行ってきた。しかし、どうして六年も経った今になって、合同慰霊祭などを行うのか?
 しかも、この慰霊祭は『全員出席』が義務になっており、もし出席を断るようなことがあれば、ベント家は今後一切の生活の援助はしないと明言したのだ。
 どう見てもこれは、カーソン家に対する牽制に他ならなかった。それは確かに、子どもを失った人々から見れば、彼らはやりすぎたと言われても仕方がないだろう。しかし、それは別の問題である。サラにはまったく関係のないことだと、サラの両親はそう主張した。
 サラの両親は頭を下げて、合同慰霊祭の延期を嘆願した。だが、ベント家の老翁がそんな二人の願いを聞き届けることなどなかった。
 では、誕生日でなくても連れて行けばいいではないか。最初はサラの両親もそう思っていた。だが、彼らが購入したのは、特等席のチケットだ。これは完全予約制で、通常のチケットの値段の約五倍。しかも、チケットに明記された日付しか使用できないと書かれているのである。
 それでは、特等席は諦めて、普通のチケットを即日購入すればいいではないか。それも、無理である。グレイト・フェイク・ショーはその人気振りから、公演初日から最終日まで、ひっきりなしに人がやってくる。途切れることを知らない人の列は、テントの外にまではみ出してしまうほどなのだ。
 例え一日かけても、一つのテントを見ることができれば御の字といった調子なのだ。これでは、幼いサラが耐えられるはずがない。
 そういう理由で、サラがグレイト・フェイク・ショーに行くことができる可能性は、完全になくなってしまったのである。
 ではなぜ、それがエレンのせいになるのだろうか?
 それには、こう言った理由があるのだ。
 サラは見世物小屋にいけるといううれしさのあまり、いつもポーチの中にチケットを忍ばせて、ことあるごとにそのチケットを人に見せてまわっていた。
 ――みせものごやにいくんだよ。たんじょう日にいくんだよ。
 サラは本当にうれしそうに、毎日毎日、チケットをながめながら、自分の誕生日が来るのを今か今かと待っていたという。
 それがつい先日、エレンが水汲みの仕事をしている最中、ちょっと目を離した隙に、サラがひとりでどこかに行ってしまうという事件が起きた。慌ててサラを探しに行ったエレンの前に、突然、トーマスの祖父が現れた。ベント家の老翁は、エレンを一瞥すると、何も言わずに一枚の紙切れを差し出した。
 それは、サラがいつも大切に持っていた、見世物小屋のチケットだった。
 老翁は戸惑うエレンにチケットを手渡すと、一言だけこう告げたという。
「カーソンのこ倅に言っておけ。自分の娘に行儀作法くらい覚えさせろとな」
 それだけを言うと、ベント家の老翁は眉間にしわを寄せたまま、踵を返して立ち去っていった。
 エレンは呆然と立ち尽くしていたのだが、ハッと我にかえると、立ち去ろうとする老翁を呼び止めたのだ。
 今考えると、なぜそんなことをしてしまったのか自分でもわからないのだが、もしあのとき呼び止めることなどしなかったら、万事がうまくいったかもしれないと、エレンは後悔しているのである。
「すみません!あの、サラがどこに行ったか知りませんか!!」
 そのとき、エレンにしては珍しく、敬語を使ってしゃべっていた。
 他の大人ならいざ知らず、この老翁にだけは敬語を使わなければいけないと、無意識のうちにそう思ってしまったのかもしれない。そのときはサラのことが心配で仕方がなかったのだ。
 老翁はその場で立ち止まると、肩越しに首だけを向けて、こう吐き捨てた。
「……サラと言ったか、あの娘子。フン、生き残りの化け物のことなど、ワシが知ったことか」
 その言葉で、エレンの中の何かが崩れた。それは誰もが知っていて、そして誰もが口に出すことのない、公然の秘密だったからだ。それを、この男は汚物でも見るような目で――サラを、自分の妹を、化け物扱いしたのだ。
 そのあと、エレンはベント家の老翁を、感情の赴くままに殴りつけた。
 老翁は特に抵抗するわけでもなく、ただされるがままに殴られ続けた。
 途中、エレンの目から、なぜかとめどなく涙が溢れてきた。自分のやっていることの不毛さ、そして事実から目を逸らしてしまった自分への怒り。そんなものが溢れて、止まらなくなったのだ。
 顔が変形するくらいに殴られても、老翁の瞳は、憐れみの目でずっとエレンを見つめていたということだ。

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