死食

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 そのひは、せかいでいちばんうれしいひのはずだった。


 きょうは、あなたのいもうとがうまれるのよ


 かあさんは、ぼくにわらっていったんだ。

 べっどのうえで、くるしそうだったけど、わらいながらいったんだ。

 ぼくはへやのそとでまってた。

 とうさんもまってた。

 とうさんは、どあのまえでいったりきたりしながら、しんぱいそうなかおをしてまってたんだ。

 ぼくもとうさんのまねをして、とうさんのあとをついて、いったりきたりしてた。

 うまれてくる、いもうとにあげようとおもって、とうさんにおしえてもらってつくったきのおもちゃを、しっかりにぎってまってたんだ。

 どあのむこうから、かあさんのくるしそうなこえがきこえて、しんぱいで、こわくて、なきそうだったけど、がまんしたんだ。


 ぼくはおにいちゃんになるんだから。


 かあさんも、とうさんも、そういってたんだ。ぼくはおにいちゃんになるんだって!

 ゆりあんはおにいちゃんになるんだから、おにいちゃんらしくしようねって、かあさんがいってた。

 おにいちゃんになるけど、じぶんがただしいとおもうことをするんだよって、とうさんはいつもとおんなじことをいってた。

 ぼくはうれしかった。おにいちゃんになるんだって、ぼくはおにいちゃんになるんだって!

 かあさんのおおきくなったおなかにみみをあてて、はやくいっしょにあそぼうねって、おなかのなかのいもうとに、いっつもそういってたんだ!

 そうしたら、おなかのなかから、どんどんって、いっつもへんじをしてくれたんだ!

 ぼくは、ほんとうはおとうとがほしかった。

 おとうとがうまれたら、おとうとをこぶんにして、いっしょにたんけんごっこをしたり、かわにおよぎにいったりしようっておもってた。

 でも、いもうとがうまれても、ぼくはちゃんとあそんであげようとおもってた。

 いっしょにごはんをたべて、いっしょにおふろにはいって、いっしょにねむって・・・いっつもいっしょにいたかった。

 えれんと、とーますと、そしておんなじひにうまれてくる、えれんのいもうとと、みんなでいっしょにあそびたかった。



 だけど、おとうとも、いもうとも、うまれなかった。



 どあのむこうで、なきごえがきこえた。

 かわいらしいおんなのこですよって、おおきなこえがきこえた。

 かあさんのすごくうれしそうなこえがきこえて、とうさんがなきそうなかおをして、へやにはいっていった。

 ぼくもとうさんといっしょにへやにはいった。

 いもうとに、おにいちゃんだよ!っていってあげたかった。

 だけど、へやにはいったら、いきなりへやのなかがくらくなった。

 そしたら、いもうとがなかなくなった。

 ぐったりして、どうしたのってさわっても、うごかなかった。

 おもちゃだよって、あげるよって、そういっても、うごかなかった。

 なかないとあげないよっていっても、なかなかった。

 あったかかった。すごく、あったかかった。

 ねちゃったの?って、とうさんにきいたら、ちがうっていった。こわいかおをしてた。

 いもうとは、ぼくのこときらいなの?って、かあさんにきいたら、かあさんがないた。

 びっくりした。びっくりして、ぼくもなきそうになった。

 ぼくは、かあさんをなかしてしまった。

 ぼくのせいで、かあさんがないてしまった。

 ぼくは、わるいことをしたんだとおもった。

 ぼくがわるいことをしたから、かあさんがないて、とうさんがおこって、いもうとがうごかなくなったんだとおもった。

 ぼく、いいこになるから、これからわるいことしないから、なかないで、おこらないでって、おいのりした。

 めをつぶって、おもちゃをにぎって、こころのなかでおいのりしたんだ。

 まっくらなへやのなかで、とうさんが、じぶんのへやにもどっていないさいって、ぼくにいった。

 いやだっていいたかったけど、とうさんは、もういっかい、ゆっくり、おんなじことをいった。

 だから、ぼくはへやのそとにでたんだ。

 どあをしめたら、かあさんのなきごえがおおきくなった。

 かあさんのところにいきたかったけど、ぼくはがまんした。

 ぼくはおにいちゃんなんだ、おにいちゃんなんだって、ずっとずっと、こころのなかでいったんだ。


 へやにもどって、まどからそとをのぞいたら、たいようがまっくろになってた。


 ぜんぶ、ぜんぶ、くろくなってた。

 こわかった、なきたかった。

 でも、なかなかった。ぼくがないたら、おかあさんがもっとないちゃうから、ぼくはなくのをがまんした。

 でも、でも、みんなないてた。

 まどのそとは、みんなないてるみたいだった。

 かあさんみたいに、みんなないていた。

 おとながみんなないていた。

 ぼくはないていないのに、おとながなくなんて、ずるいよ。

 ぼくはがまんしてるのに、おにいちゃんだからがまんしてるのに、みんな、ずるいよ・・・

 なきごえをききたくなかったから、ぼくはみみをとじた。

 そうしたら、どこからか、あかちゃんのこえがきこえてきた。

 いもうとのなきごえに、すごくよくにてた。

 だから、ぼくはそのこえのほうにいったんだ。

 まどをのりこえて、こえのほうにいったんだ。

 こえがおおきくなってくる。

 ぼくはあるいてく。

 まわりじゅう、みんなくろくなって、うごかなくなってる。

 でも、なきごえはきこえてくる。

 なきごえは、いえのなかからきこえてた。

 ぼくはどあのまえにたってせのびをした。

 どののとってにてがとどいて、ぼくはいえのなかにはいった。


 そこは、えれんのいえだった。


 えれんのいえのどあをあけたら、あかちゃんがないていた。

 えれんのおじさんと、おばさんが、びっくりしたかおでぼくをみた。

 えれんもいた。えれんはこまったかおをしてた。

 ぼくは、どうしたらいいかわからなかった。

 ひとのいえに、のっくもしないではいって、おじさんとおばさんにあいさつもしなくて、ぼくはわるいこみたいで・・・どうしたらいいかわからなくなった。

 でも、ごめんなさいってあやまるまえに、ぼくはおじさんとおばさんにきいていた。


 ねぇ、どうして、えれんのいもうとはないてるの?


 そうしたら、おじさんとおばさんが、すごいめをしてぼくをみた。

 こわかった。

 でも、しりたかった。

 どうしてぼくのいもうとはなかなくなって、どうしてえれんのいもうとはないてるのか、しりたかった。


 ねぇ、どうして?どうして?


 おじさんとおばさんは、ぼくからめをそらした。

 でも、ぼくはしりたかった。

 だから、もういちどきいた。


 ねぇ、どうして?どうして?


 ゆりあん。おまえのいもうとはしんだからだ。


 こえがきこえて、うしろをふりかえったら、とうさんがたっていた。

 とうさんはすごくこわいかおをして、じっとぼくをみていた。


 なんで、ぼくのいもうとはしんだの?なんで、えれんのいもうとはいきてるの?


 ぼくはとうさんにきいた。

 とうさんは、ためいきをついてぼくにいった。


 うんが、わるかったんだ。


 とうさんはたったそれだけいった。

 なんだか、すごくいやだった。


 なんで、えれんのいもうとはしなないの?なんで、ぼくのいもうとはしんじゃうの?

 なんで!なんで!!なんで!!!なんでしなないの!なんでえれんのいもうとだけしなないの!!

 なんで、ぼくのいもうとがしんじゃうの!!そんなの、そんなのやだよ!!


 ぼくはなにをいいたいかわからなくなった。

 なにもわからなかった。

 こわかった。

 かなしかった。

 そして、いやだった。

 えれんのいもうとが、いやだった。


 だいっきらい・・・


 そう、いやだった。

 ぼくのいもうとがしんじゃうのが、いやだった。



 だいっきらいだ!!しんじゃえばいいんだ!!!



 ゆりあん!!!


 いきなり、ぼくはとうさんにひっぱたかれた。おもいっきりひっぱたかれた。

 わるいことしたときには、いっつもひっぱたかれてたけど、いつもよりもずっといたかった。

 なんでたたかれなくちゃいけないのかわからなくて、いたくて、なみだがでた。

 ぼくは、いやだったから、きらいだからきらいだっていったのに、どうしてたたかれなくちゃいけないのかわからなかった。


 ゆりあん、おれはいつも、おまえにじぶんがただしいとおもうことをしろといってる。だが、いまのおまえはまちがっている!たとえ、どんなことがあったとしても、ひとにしねなんていうんじゃない!!それは、ひとをころすことのつぎにおもいつみだ!!!


 とうさんは、すごいこわいかおをして、ぼくをどなった。

 でも、とうさんがなにをいってるかわからなかった。

 ひとつだけわかったのは、ぼくがいけないことをしているだけだってことだ。


 でも、ぼくは、わるくない・・・わるくないのに、わるくないのに!!


 のどがつかえて、こえがでなかった。くやしくてなみだはでてくるのに、こえはでてこなかった。


 さぁ、おじさんとおばさん……いや、このこにあやまるんだ。


 とうさんは、しゃがんで、ぼくのまえにあかちゃんをみせた。

 ぼくはくびをふった。


 ユリアン!


 とうさんのこえが、またこわくなった。たたかれるのはいやだったけど、ぼくはいった。


 やだ、ぜったいやだ!!わるいのはこのこだ!!いちばんわるいのはこのこだ!!!このこも、とうさんも、だいっきらいだ!!!


 ぼくは、もっていたきのにんぎょうを、わるいこにぶつけた。

 そして、はしってにげだした。

 えれんのいえからでて、ぼくははしった。

 はしった。

 はしった。

 ずっとずっとはしった。


 そうして、いつのまにか、ぼくのめのまえに、おおきなきがたっていた。


 ぼくは、きのねっこによこになって、なみだがとまるのをずっとまってた。

 だけど、なみだはとまってくれなかった。

 さいごにそらをみあげたとき、くろいおひさまのしたから、ちいさなひかりがみえていたのを、ぼくはみた。






 ぼくは、いもうとがだいすきだった。

 かおもみたことないけど、かあさんのおなかのなかにいるいもうとがだいすきだった。

 だから、ぼくはおにいちゃんになるのがうれしかったんだ。

 だいすきないもうとが、ぼくをおにいちゃんってよぶんだ。

 うれしかった。だれかにじまんしたかった。


 でも、ぼくのだいすきないもうとは、もう、いない。

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