風が流れ

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 目を覚ましたとき、陽はもうずいぶんと高くなっていた。
 お日様は肌を焼くようにギラギラと照っているんだろう。
 オレは一度大きく伸びをして、体のコリをほぐした。
 動くたびに、ゴキゴキと音がする。もしかしたら、体がなまったのかもしれない。
 贅肉がついたら嫌だな〜などと思いながら、オレはふと目線を横にやった。
「あ、起きた?ユリアン」
 そこにはさっきと同じ格好で、さっきと同じ微笑みを湛えたままで、サラが座っていた。
「サラ!?」
 正直驚いた。まさかずっとオレの側にいるとは思いもしなかったんだ。
「ん?なに?」
「何って、お前――」
 起き上がって、太陽を仰ぎ見た。
 もう、昼はとっくに過ぎている。
 だとしたら、なんでサラはこんなところにいて、こんなにのんびりとしているんだ――!
「サラ!どうして――!!」
 怒ろうとした瞬間、唇を手で塞がれてしまった。
 サラは、オレの瞳をじっと見つめて、ゆっくりと頭を二回振った。
 ――気にしないで……瞳がそう語っていた。
 気にしないで――!?
 冗談じゃない!今回ばかりは、オレも頭に来た。
 オレはサラの手をとると、唇から引き剥がした。
「何馬鹿なこと言ってるんだ!早くしないと、トムのヤツ行っちまうぞ!!」
 立ち上がって、サラの手を引く。
 だけど、サラは座ったまま、決してその場から動こうとはしなかった。
「何やってるんだサラ!ホラ、早く立って!!」
 ぐいぐいと手を引っ張るが、サラは頑として聞く耳を持たなかった。
 逆に、オレの方がぐいっと引っ張られてしまう。
「ユリアン、私、残ることに決めたの」
 真剣な面持ちで、サラはそう言った。
 それが、何を意味しているのか十分に承知した上で、サラはそう言ったのだ。
 もう、決心は変えない。サラは自分に言い聞かせるように呟いた。
「サラ……」
 オレはサラの手を握ったまま、その場に佇むことしかできなかった。
 風が流れる。
 立っていた方が、風をより感じられる。
 オレはサラの手を離そうとした。
 だけど、サラはオレの手を離してくれなかった。
 風が流れる。
 オレは黙って、サラと向かい合う形で腰を下ろした。
 ……手は、つないだままだ。
 風が流れる。
 時間なんて、今この場所にはないんじゃないかと思うほど、長い時間をそう過ごした。
 その間、やっぱり、オレたちに会話なんてありはしなかった。
「ユリアン」
 突然、さっきと同じように、サラがオレの名を呼んだ。
「ん」
 短くだけど、オレは返事をした。
「もう一度、聞くね」
 サラはゆっくりと、ひとつひとつの言葉をはっきりと口に出して言った。
「ん」
 オレも、短い返事を返した。
 一呼吸、短い間があった。
 それは、サラのためらいだったんだろうか?
 サラはオレの瞳を見て、さっきと同じ問いを、オレにぶつけた。
「ずっと前にも、こんなことがあったよね」
 また、風が流れた。
 オレは答えなかった。……違う、答えられなかった。
 サラは、オレの答えを待っている。
 違うといってやればいい。そんなことはない。そんなことは忘れてしまったと、さっきみたいに言えばいい。
 オレの頭のどこかで、そんな声がしていたけど、オレはそうすることもできなかった。


 風が流れた。
 オレは、どこまでも臆病な男だった。

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