Sketch ― 第2話



 肌をじりじりと焼くほど照りつける太陽の下、フィガロ城の展望台の見張りは遠方にひと筋の砂塵を見つけた。
「ん……?アレは……?」
 不信に思った見張りは、エドガーの作った遠方監視用のゴーグルを覗き込む。
「……やはり、チョコボか……」
 砂塵を起こしている原因がチョコボだとわかると、見張りは壁に取り付けられた伝声管に報告する。
「南東1キロ地点にチョコボを確認……今日って来客があったっけか?」
 すぐに伝声管から返事が返ってくる。
『了解、すぐに確認する……案外、エドガー様へ酒場のツケを払えっていう手紙を持ってきてるんじゃないのか』
 ハハハ……と笑い声も付け加えられる。
 ……どこも平和だという証明とも言えるセリフだ。


 しばらくして、チョコボが城門へと到着した。
「我がフィガロ城に何用ですか?」
 門番がすかさず声を掛けるが、茶色のローブを着た人はそれどころではないらしかった。
 降りられないのだ。チョコボから。
 右足を地面に着こうとしているのだが、いかんせん足が届いていない。
 じたばたと動く足は、見る人へ愛らしさを誘う。
「あ、あの……」
 こういう場合、一番いい方法は、チョコボをしゃがませることだ。
 そのことを良く知っている門番は見かねて手伝おうとしたが、それよりも早く地面へと落馬――いや、落チョコボした。
「いった〜〜い!もう!何なのよ!」
 落チョコボしたその人は地面にしりもちを着き、ローブを砂だらけにしながら、誰に向けているのかわからない怒りの声を上げた。
「あなたは……?」
「あ、ゴメンナサイ!」
 恥ずかしそうに、ローブに付いた砂を払い落としながら立ち上がり、ローブのフードを取り外す。
「こんにちは」
 パサリと音をたてて、砂漠の砂の色とは少し違うブロンドの髪が露わになる。
「リルムです。エドガー、います?」
 その場所には、エドガーの戦友でもある少女、リルム=アローニィが立っていた。
「あ!リルムさんでしたか!失礼しました!!」
 門番は急いで敬礼をする。
「エドガー様ですか?ええ、いらっしゃいますよ。ご案内いたしましょうか?」
「ううん、大丈夫、わかりますから。それじゃ、そのチョコボお願いしま〜〜〜〜〜…………」
 言い終える前に、リルムは城内へと走っていってしまった。
「えっ!?あ、あの!!」
 1人取り残された門番は、何か言いたげに伸ばされた自分の腕を見つめ続けることしかできなかった……


「あ〜、もう!髪がじゃりじゃり!」
 ローブをリュックに押し込んだリルムは、いつものお出かけ用の服装になっていた。
 髪を払うたびに砂がポロポロとこぼれ落ちる。
 しかし、これ以上砂を払い落とそうとすれば、髪がぐしゃぐしゃになってしまう。
 仕方なくリルムは、お気に入りの赤いリボンを使い髪をまとめ上げた。
「フフフッ、それにしても、エドガー何て言うかな?」
 リルムがエドガーに会うのは実に1年ぶりだ。
 嫌が応にもリルムの心は弾んでいく。
 ……と、リルムは謁見の間の扉の前に辿り着いた。
 扉の前で立ち止まり、1度大きく深呼吸するリルム。
 気分を落ち着かせたリルムは、勢いをつけて扉を開け放った。
「エドガー!遊びに来たよ!」
 バァン!……というすさまじい音に負けないほどの元気な声が、謁見の間に響き渡った。

 シ〜〜〜ン…………

「あ、あれ……?」
 しかし、そこにはリルムに返事を返してくれる人は誰もいなかった。
 主のいない玉座がとても空しい。
 恥ずかしさのあまり、一瞬にしてリルムの頬は紅潮していった。
「も、もう!いないならいないって言ってよ!」
 これまた誰に向けているのかわからない怒りの捨てゼリフをぶつけながら、リルムは踵を返し謁見の間を出て行った。


「ふぅ…………」
 乾いた風がエドガーの髪をはためかせる。
 それでも、髪はその形を崩すことがなかった。
 エドガーは今、フィガロ城で一番高い塔の上にいる。
 ここは、エドガーが弟のマッシュとコイン投げで王位を決めたという、彼にとっては一番思い入れのある場所だった。
「…………ふぅ」
 また1つ溜息。
 だが、エドガー自身は自分が溜息をついていることに全く気づいていない。
 無意識に行っている行為なのだ。
 溜息にあわせるようにして、乾いた風が吹き抜けていった。
 ザァァァァ……っと、砂が流れていく音がする。
 エドガーの視界には、黄金の砂漠がいっぱいに広がっていた。

 永遠に変わることの無い砂漠。
 先代である彼の父も、彼の祖父も、そのまた先祖も、ずっとこの砂漠を見続けてきたのだ。
 ……いや、この砂漠はいつもその姿を変えているのかもしれない。
 変わらないのは、この砂漠に吹き続ける風と人々の営みなのであろう……

 エドガーは憂鬱であった。
 いつもなら、ここに来さえすれば、少しの悩みなど手からこぼれ落ちる砂のように無くなっていくのに、今は砂が降り積もっていくようにさえ感じられるのだ。
 原因はエドガーにも良くわかっていた。
 懐かしんでいるのだ、昔を……
 「王」という肩書きに縛られず、仲間とともに世界中を飛び回ったあの頃を……
「もう、1年にもなるのか……」
 誰にともなく呟くと、また溜息をつく。
 ……と、そのときだった。
「エドガー!」
 底抜けに元気な声が、エドガーの憂鬱な気分を一瞬にして消し飛ばした。
「リルム!?」
 飛び上がるほどに驚いたエドガーは、一瞬、自分の眼を疑った。
 さっきまで考え続けていた少女が、今、目の前に現れたのだから……
 太陽と風と砂が見ている塔の上で、2人は何も言わず、ただただお互いを見つめ合った。
 2人の心に様々な感情や言葉が浮かび、そして消えていく。
 やがて、リルムはエドガーに向かって恥ずかしそうに微笑むと、ゆっくりとエドガーに近づいていった。
 そして……


「バカァァァーーーーーー!!」
 バァァァァァァン!!!


 リルムの声とスケッチブックでエドガーを殴りつけた音が高らかに鳴り響いた。
 それはあたかも、砂漠中に響き渡ったのではないかと思われるほどであった……





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